名 称 | お茶の水坂(おちゃのみずざか) |
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紹 介 | この神田川の外堀工事は元和年間(1615-1626)に行われた。それ以前に、ここにあった高林寺(現向丘二丁目)の境内に湧き水があり、”お茶の水”として将軍に献上したことから、「お茶の水」の地名がおこった。 『御府内備考』によれば「御茶之水は聖堂の西にあり、この井名水にして御茶の水に召し上げられしと・・・」とある。 この坂は神田川(仙台堀)に沿って、お茶の水の上の坂で「お茶の水坂」という。坂の下の神田川に、かつて神田上水の大樋(水道橋)が懸けられていたが、明治34年(1901)取りはずされた。 お茶の水低きに身ゆる水のいろ 寒む夜はふけてわれは行くなり 島木赤彦(1876-1926) |
情報提供者 | 文京区教育委員会 |
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お茶の水坂