文人郷

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名 称右京山(うきょうさん)
紹 介

もと上州高崎藩主(七万二千石)松平右京亮の中屋敷であった。明治維新後土地は家臣に与えられた。後、下真砂・春日通り沿いの地の他は、政府の所有となり、陸軍省や文部省の所有となった。

 長らくこの台地は原っぱで、子供たちのよい遊び場であった。そして、右京亮にちなんで右京山(右京ヶ原)と呼ばれた。

 文部省用地は、大正11年に東京市に払い下げられた。市は住宅、独身者アパート(清和寮)や真砂小売市場(現区民センター内)などを造った。

 小説『婆三四郎』(富田常雄作・昭和17年刊)の中で、三四郎と檜垣源之助との死闘の場となった。

 また、近くの旧菊坂町時代の樋口一葉は、妹と虫の音を聞きに来た。また、「この夜、母君とともに右京山に畑火見る。九段の祭にて、ここよりよく見ゆればなり」と明治26年5月7日の日記にある。

情報提供者

文京区教育委員会

右京山

右京山

右京山

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